北欧、ことさらフィンランドに行きたかったのはなんでだろう。
それを考えてみた。
そうそう。10年前に旅をしていたときに、自分の帰る理由を考えていた頃がある。
べつに普通に帰ればいいじゃないか。
と思うところだが、なんだろう。
旅をしている期間が、半年と経ち、そろそろ1年になろうかとしていると、「帰る理由」を求めていたりなんかするのだ。
ここで帰らなければならない。という理由。
たとえば用事があるとか、行事があるとか。
そんなものが、自分にはなかったもので、じゃあ、何が理由なんだろう。と考えていた。
ただ、なんとなく旅していることに飽きたか?
と問われれば、そうでもなく。
旅の資金が尽きたか?
といえば、そんなこともなかった。
でも、そろそろという潮時は感じながら、旅の後半は過ごしていた。
「ここで旅は終わりですよ」
なんて、他人は言ってくれない。
だから、自分で線を引かないことには、いつまでも終わらないのだ。
そんな時期に、持ち歩いていたスケッチブックに、「自分の進み方」のようなものを書いていた。
自分の行く先を「霧」にたとえているのだ。
霧は遠くから見ると、真っ白で先は見えない。
でも、その霧に近づいていくと、遠く離れていたときには見えなかったものが、たとえば足元であるとか、手の届く範囲のものは、自然と見えてくる。
で、それを繰り返し、完全に見えなくとも、ぐんぐん近づいていくうちに、真っ白で見えなかったものが、おぼろげにかたちをおび、気づいたらその眼の前であったり、そのものを掴んでいるような。
そんな気がする。
そして、着いた先は霧も晴れて、見えなかったものが見えていて、自分はそこに居る。
それが、自分の進み方だ。
なんてことを書いていて、旅の終わり方もそれに似通っていると感じていたようだ。
それから、10年が経ち、今回の旅のフィンランドも、どうやらそれに近い感覚であると思うのだ。
「なんでフィンランドに行きたかったの?」
と問われれば、それなりのわかりやすい答えもある。
ムーミンが好き、かもめ食堂の世界観が好き、北欧雑貨、生活用品、家具、を見てみたい。
しかし、それ以上に、これから自分の進む先に、おぼろげにあるもの。
まさしく、霧。
その先にあるものが、なんとなく、ここにはあるような気がしたのだ。
それを掴んで持って帰ってくるのではなく、確かめに行くような。
「おお、そうだ。これだこれだ」、と。
納得し、安心し、自分の帰ってきた場の先を照らす、灯りなのだ。
ムーミンワールドで得たものも灯りであれば、タンペレという街で得たムーミンミュージアムでの想いも灯りになる。
実際にその場へ行くということで、自分の進む先、霧の向こうへ進むことの意味や目的、手がかり足がかりのストックを積んでいたのかもしれない。
ムーミンミュージアムの前には、ちょこんとブロンズのムーミンが。
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